すれ違い際、街の中に消えないように

太陽も電気も白も眩しい…

私がここに記す理由。

時間はあっというまということ

それは時間が過ぎるのが早いということ

過去を思い出すということ

明日を通り過ぎるということ

受け流した日を後悔するということ

甘えるということ

自分との約束を破るということ

 

 

 

まぁこれは今日風呂に入りながら

ふと横切った谷川構文。

なんてったって、毎週金曜更新しますよと密かに決めていたこのルールをたったの2ヶ月で破ってしまったのだから。

しかも2週連続。

 


どれだけ時間が過ぎるのが早いかを思い知らされると同時に

毎日を軽率に生きているのではないかと自分に愕然とする。

 


そんなことないんだよ、本当は。


あれやこれやと仕事をしているうちに1日が終わってしまう日々を軽率と呼ぶにはあまりにも酷であるから、そんなことないと思わせている。

 


ただ、だとしても甘いなとは思ってしまう。

大した事ない。

この自分で決めた習慣を

見守ってくれているのはたかが十数人である。

裏切ったなんて気持ちが芽生えるほどの善人ではない。

 


でも、私は私で、人生は極論小さなコトの積み重ねなんだよなと思っているからこそのダメージがある。

 


高校3年間なんて無かったものの様にちっぽけな時間だし、

人生最長13年続けた習い事だって今となってはちっとも印象深くないし、

社会人5年目なんて体感まだ2年目だから驚く。

 


いよいよ毎日をそれなりに過ごすだけでは今後の未来が不安になる。

欲に浸る暇は削減した方が身のためで

少し無理をしなければいけない。

そういう時期だなと思う。

 


だから、少しでも積み重ねを大ごとにしていくというのを、今更ながら今年度の目標としていく。

 

なんだか、ありきたりだけど、

頑張らないと。

と思わせてくれる人を見ていると

本当に自分が小さな小さな人間のひとりだと

思わざる得ないことが苦しくて

少しでも足掻きたい。

 

そんな宣言のはなし。

 

 

 

私が三日月が好きな理由。

話すことは私にとって特別難しいことで

だから私は昔から小言日記といいながら

文章を起こす事に夢中になっていた。

 


暫く文章の発信と距離を置いていたのは

ただ、文章を書かなくなったから。という

なんでもない理由。

 


人と会話しなければ成り立たない職種を選んでしまったもんでここ数年はできるだけ距離を置かない話し方を試行錯誤してきたけど

対して上手くもなっていないくせに

文章にすることも下手くそになってしまった次第である。

 


理系なのに、文才がある。みたいな、なんかそんな感じのギャップを取得しようとしていたあの頃は気付いたら遥か昔の出来事になっていた。

辞書を愛読していた自分が居たのは10年以上も前のことで、想像もできない。

 


結局中途半端な自分だと思う。

 


でも考えてみれば

「日本人は直接的な表現をしない。"月が綺麗ですね"とでも訳しておけば足りる」

と言ったとされる偉人がいるではないか。

当時「月が綺麗ですね」といわれて

愛情表現と感じた人がいたであろうか。

 


そんなわけがない。

 


直接的な言い方でも

周り諄い言い方でも

意味が同じなら言葉することに意義があるのだと学ぶ。

 


実際、月だって三日月なだけで十分美しさは伝わっているけど、その先に満月が存在するのは精一杯月なりの自己主張とさえ思える。

 


45億年以上も頑張っていることになる…

 


なのに人が見ていない時、月は存在しない

と言った人がいるらしいではないか

ふざけるなタゴール!それは辛すぎるぞ!

 

私が切り替え速い理由


どーーしても忘れてしまうのは

もう病気か。

 


買い物に来たのに何を買うか忘れた。

さっきまで触っていたスマホが無い。

鍵と財布をカバンに入れようと持ってきたのに手元から消えてる。

 


狭い家の中をぐるぐるぐるぐると

直前まで持っていたものを探す羽目になる。

 


毎日こんなことに苦しめられているわけだ。

 


意外と仕事でやらなきゃいけないこととか言われたことはちゃんと覚えていたりする。

けど、

一つの書類を作っている最中

色々と目移りして

同時進行で三つのことをやっている。

ので結局抜けがあったりする。

 


これわかっているのに、一生治らないのは

なんなんだよ!!

 


良いこともある。

怒っていたことをすぐに忘れる。

さっきまで機嫌悪かったのに

どこで機嫌よくなった??

ってなる多分。(側から見たらクソめんどくさい)

これは忘れただけ。

(あるいは違う事に思考が目移りしてどうでも良くなった)

 


感情の三段活用

楽しい→ムカつく→オモロイ

おかげで周りの人可哀想。

適応してる人凄い。

 


…あれ、今この一連、良い事もあるって話から始まらなかった?私面倒くさいだけじゃんね?

 


なんだかこう忘れっぽかったり

気が散りがちなのは

脳内に5人くらい私がいて

各々が違うこと考えているからなんだよな。

 


治るとか治らないとかではなくて

4人ぐらいに移住してもらわないといけないわけだ。

 


それってどうやんの?

離島ガチャ?

 

始まり方はどうでもいい理由。

星野源のオールナイトニッポンが

最終回を迎えたようで。


10年ですか…



オールナイトニッポンが始まった2016年は

イエボヤから始まり

逃げ恥に真田丸にLIFE!…

飽きず懲りず毎日補給してた気もします。

 

 

なんやかんや中学生くらいからネットの海を泳いでいたので、

色々と潜っていた界隈はありましたが、

私史上一番広く、一番出会いがあったのは

星野源のファンの皆様でした。

(他の界隈とは比べものにならないくらい会う機会があったからなのはある。)

 


何を呟いていたかもあまり覚えてませんが、

毎日TLに出没してましたね…本当…

 


ANN基準で話すと10年、

未だに関わりのある方々がいるんですよ。

 


好きなモノでの繋がりって凄い。

 

 

きっかけってどこにでも転がっているし

以外にも始まり方はどうでもいいことなんだなって思ったりする。

 


始めが肝心。とか言われたりもするけど

そんなに気張らなくても、大丈夫。

準備が必要なのは始まりに対してじゃなくて、

始める物事に対してだからね。

 


最近上手い事いかないなと思っている人は

新生活も始まったことだし、

それを理由にして切り替えてしまえばいい。

 


社会人5年目にも突入した私。

ここまでこれた理由は異常な切り替えの良さだと自負しています。

反省して、次。

 


「平凡な自分よ、下を向いている暇があるのか」

と、とある少年も言ってました。

私は天才だと思ってるけど、同じ気持ちです。

 

 


相手の言葉に棘があっても、

内容の意味だけ抽出して受け取れば良い。

意味なんてない言葉があったりするんだから。

最近はすぐパワハラとかいうけど、

自分で防衛能力も身につけることが必要ではあるよ。

to 新社会人の皆様。

 

 

 

 


話は戻って、


星野源の歌声って

私の頭痛の特効薬だったんですよ。

 


いや、本当に。

 


すぐ頭が痛くなりがちな私は、

特に高校の時頻繁な頭痛に悩まされてて、

起き上がれないほどの頭痛の時も、

雨の日の頭痛も、

満員電車で頭痛が起きても、

星野源の曲聞くと和らぐってことに

ある日気付くわけです。

そういう意味でも助けられてたわけだ。

 


なんだか感慨深くなって、

色々思い出して、

最終回、拝聴しました。

 

 

 

何処までも何処までも

つづく旅の隅で、

何時までも何時までも

君のことで笑う

 

 

 

それでは、

また会えるように

重ねた時を綴じます。

 

 

 

p.s.

やっぱり一番の思い出は、

あの時の集合写真じゃない?

(わかる人にはわかる)

私が先入観が怖い理由。

時に"先入観"が全てを決めてしまうのではないかと思うくらいに、

物物しい概念だと思っていて

「第一印象が大事」と対人関係において言われているのにも

此れを考えると納得がいく。

 

案外あっさりと、先入観で人を嫌いになれるし、

流行りだって、

皆が持っているってことは可愛いのだ。

皆が食べているから美味しいのであろう。

といった思考回路の塊やないかい。

 

本質を見ていないという意味では同じだ。

 

先入観→思い込み

だから第一印象とは違うのでは?

と言われたら、そうだね。で終わってしまうのだけど、

第一印象に先入観が掛かっていたら訳が違うんだよな。

だから物物しいんだよ。

 

 

 

 

そう云えば、

夢で「それ本心?」と鏡の向こうの私に言われたことがある。

あまりにも印象的で一日中脳内のトレンドは鏡の向こうの自分だった。

対自分には無い議題だもの。

 

無論、私は逆張り人間なので、流行りになんか唯では乗らない。

 

第一印象も良くないことを自覚しているので、

人の第一印象の良し悪しなんかは判断材料にはならない。

 

思ってもいないことを、

口にできる器用さも持ち合わせていない。

 

夢で起きたことは現実の何かに関係していると

本当に思っているので

きっと何か理由があると思うのだけど…

 

 

最近読んだ小説の3ページ目から

”日本は安全な国だという神話”

という言い回しが出てきて

もうこの本は面白いです。

となった私は、先入観で判断する様な人間かもしれないがねぇ。

 

 

う〜む、全然締まらなかった。

 

 

私が努力が嫌いな理由。

当たり前は当たり前じゃない

才能は途中で生まれない

何故か最初から決まってる

 

 

努力は報われない。

残念ながらこれは事実なんだよな。

 

努力は報われる。

これは嘘。

 

努力が実を結ぶ。

これが本当。

 

でも私は、昔から、『努力』って言葉が嫌いなので

『積み重ね』と言ってくれ、と思っていた。

 

なんだか、『努力』って綺麗事なような気がするから。

 

 

 

毎日水をやって、出た芽を育てる。

一番最初に出た芽が、なかなか花を咲かせないこともあれば、

芽が出たばかりなのに、花を咲かせたりする。

ほったらかしにしていても、メキメキと成長する木もあれば

毎日面倒を見てあげないと、枯れてしまいそうな子もいる。

 

そんな中、どれだけ水をやっても芽を出さない種がある。

 

人間は皆個性があるので、

出来ることと、出来ないことがある。

そんなことは生まれた時から決まっているので認めざるを得ない。

頑張っていることが上手くいかないと悩む人に、

向いていないからでは?と思ってしまうのは

私の考え方が専ら前述であるからで、

冷たい人間と片付けないでほしい。

今までそう取捨選択してきたから、言えることなのかもしれない。

いくら好きでも、向いていないことなどざらにあるのだから。

 

”才能は途中で生まれない”

だから、多少なりとも周りよりも秀でて出来ることは

自信を持って続けていくに越したことはないんだよ。

 

 

怖くて逃げ出してくても

 

私の中に出た芽を、

枯らすなんてことはしない。

 

そう私は、私に誓うよ。

 

 

これが私を育ててきた

『さよならバインスター』

          ッテイウキョクノハナシ。

 

 

 

 

 

 

私が初心に帰る理由。

最近、一つ思った悲劇があってだな。

考える力が圧倒的に衰えているのではないかと。

 

スマホがなかった時代は〜

とかそういう話ではなく、

 

大人になって、社会に出て、関わる人も増えて、

その場しのぎで完結できる相手だったりが増えてきて、

そうすると、そんな相手に一喜一憂してしまうのは消費するものが多いので

相手の意見を上っ面で受け止めることも増えてきて、

無量空処を習得している。

(あ、自分の脳の活動を停止するパターンの無量空処)

 

そりゃきっと人によるんだろうけど、

私が術式を覚えたきっかけは自己防衛だったかもしれない。

でもこれ私には強力なんで、焼き切れるんですよ。

反転術式を覚えるしかないのか…と考えた時に

思ってしまったんですよね、

あれこれってなんのために習得したんだっけ。って。

 

一喜一憂を面倒臭がって、

気づけばどこかでいろんなことを”諦める”ことが癖になってるのは自分でした。

考える力が衰えているのではなくて、

考えることを放棄しているんですよって。

今は対人関係に限った話だけど、

このまま侵略を許すと何もかもに関して影響してきそうなので、

反転術式は覚えるのやめて、その分制限かけないとな、と。

 

 

大人になることは、

生きることに慣れることではないでしょ。

 

 

 

 

 

 

てか、邪去侮の梯子とか習得した方がかっこいいしな、

それかもう全部ジャッチマンのせいにするとか。

(いつまで呪術廻戦ネタ引っ張るんだよ)