すれ違い際、街の中に消えないように

仕方ない、人の世は生きにくいもの。

誤魔化すのがズルい理由。

書く書く詐欺していました。

完全自己発信なものは

題名、コンセプト、諸々

イチからオリジナルとなると

しっくりくるまで始まれない。

そうしてしっくりきたのが

「すれ違い際、街の中に消えないように」

という題から始まり、

私の考えた理由を述べるものとなった。

この題にしっくりきた理由は、

今後書き進める私の色んな理由を読んで頂くと、

じんわり感じて貰えるかと。

 


実はこの題、『ツアー』(星野源)から引用して

私目線に変換した。

車の運転も煙草も吸わない彼が作った

車と煙草の曲。

「端から見ると、煙草は何かを誤魔化す為に吸っているように見えます。」

と言っていた。

 


人が何かを誤魔化すためにやっていることは、

タバコだけではない。

でも、誤魔化しているというと、

少しズルいことをしているようだから

きっと誰も認めたがらない。

 


私は、誰かと同じことが嫌だと感じる。

服、持ち物、行動。

小学生辺りから芽生える女子特有の意識

お揃いや連れションは心底理解できなかった。

誰かと同じであることに安心感などまるで無い。

おかげで、流行にも鈍感だ。

 


とはいえ、私も好きな芸能人に影響を受けたり、

S N Sで見かけたファッションを参考にしたりはする。

その時は、

真似をするのではなく、

取り入れるだけ。

自分要素は欠かさずに。

この心掛けは必ずする。

 

でも、


見方によっては

真似っこに自分要素を取り入れただけに

なるのかもしれない。

 

 

この取り入れる行為って、

一種の誤魔化しでは。

 


同じが嫌だと言い張る私も

誰かを参考にして真似っこしているけれど

自分要素を入れて

誤魔化している。

 


誤魔化しによって、

オリジナリティを生み出している。

 

 

何かを誤魔化す為に吸っている煙草は、

喜びの笑みを隠すためだと良いね。

 

 

そう考えると

誤魔化すのってズルい。